飯縄使い-銀の月にて舞い降りたる者-



肌を切り裂く程の冷たい風が吹き荒れる中、その少年は何かを待ちわびるように銀の月を見つめていた。
今宵は神々しくも寒々と輝く満月の夜である。
最も魔力が強くなり、闇に巣くう異形の者達が騒ぎ出す夜・・・
不夜城の都市と呼ばれ、人の賑わう喧噪が途絶える事のないはずの東京が、今夜は何処かひっそりと静まり返っている。
少年は風になびく純白のコートを冷たい眼で見下ろしながら、それが来るのを待った。
少し長めの艶やかな黒髪が流れるように舞い、薄い紅色の唇から白い吐息がもれる。
余程造形の神に愛されたのだろう。その容姿は誰もがうっとりするほど美しかった。
少年は左手首にしている銀の時計に眼をやると、微かに眉をひそめながら月を見上げた。
淡く蒼の輝く月は、今宵銀の光を放っていた。
銀の光を放つ時・・・それは神がこの世に舞い降りる事を示している。
この美貌の少年は、今宵舞い降りるはずの神を待ちわびているのだ。
無表情だった顔に、かすかに翳りが浮かぶ。
時刻はすでに丑三つ時をすぎ・・・まだ暗い闇夜に朝の気配が忍び寄ってきている。
おかしい・・・。
少年は声にださずに胸の内で呟いた。
普通神が舞い降りるのは真夜中。しかもほとんどの場合午前0時頃である。遅い場合でも1時頃には必ずやってくるはず・・・。
少年は考えるように顎に手をやると、微かに小首を傾げるようにしてもう一度月を見上げた。
冷たい光を放つ月に、かわった様子はない。だが何かがおかしい。
それが何かはわからないが、ひどく嫌な予感がする・・・。
少年は一つ大きく息を吐き出すと、身を翻して闇の中へと消えていった・・・・・

飯縄使いとは、霊獣とされる狐を使役する者の総称である。
狐とはイヌ科のほ乳類であり、古の時代から神の使いとして崇めたてられている、魔力を持った生き物の事である。
彼らは人間より優れた霊力を持ち、また一度主と決めた者には絶対に逆らわない。
よく陰陽師達は式神や式王子といった者達を使うが、それとよく似たものだと思ってくれてかまわない。
ただ、彼らは式と違い己の意志を持つ為、使役するのはひどく困難だという。
そのせいか、陰陽師達の間でも飯縄使いは高位とされていた。
(結局・・・何をしようにも人は身分の高低をつける・・・)
そんな事をぼんやりと考えながら、少年は歩き慣れた道を歩いていた。
昨日・・・というか今日だが・・・舞い降りるはずだった神に会えなかった少年は、何処か疲れているように見えた。
いくら若いといえど、寒い夜空の下で一晩明かすというのはつらかったのだろう。
コートのポケットに両手を突っ込み、なるべく身体を小さくして歩く様子はどうにも惨めである。
少年の名前は北王子咲樹という。女の子みたいなこの名前を、咲樹はひどく嫌っていた。
それに母親似の顔立ちは名前に劣らず少女のようで、昔からよくからかいの対象になった。
今年で18にもなるというのに身体はまだまだ華奢であり、どこからどうみても少女にしか見えない。
咲樹の家・・・北王子家は昔から続く飯縄使いの家系である。
その家の次男である咲樹は、16の頃から霊退治などという仕事をしていた。
長男の帝(ミカド)はすでに成人し、貿易会社に勤めながら時たまそういった仕事をしているようだった。
何にしろ、普通の家庭とは全く違う空間で育ったわけなのだ。
咲樹は小さく息を吐き出すと、いつの間にか自分の傍らに佇む銀色の毛並みを持つ狐に視線を向けた。
咲樹が一番最初に使役した狐・・・銀月である。
銀月は慈愛に満ちた眼で主である咲樹を見上げると、消え入りそうな程儚い声で一声鳴いた。
それは落ち込む咲樹を慰める声で、咲樹は安心させるように小さく笑った。
手を伸ばして綺麗な銀の毛を撫でてやり、気合いを入れるように深呼吸をしてから家に向かう。
その数歩後ろを小走りでついていきながら、銀月は何かを案じるように首を軽く振った。
けして力が強いというわけではないが、銀月には少しだけ未来を視る力があった。
今・・・触れ合った瞬間視えた未来・・・それは・・・・闇に喰われる主の姿だった・・・・・



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